Search
Calendar
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< July 2020 >>
Sponsored links
オリンパス・オンラインショップ
デジタル一眼レフカメラ
タミヤ・オンラインショップ
カー・オートバイ・ミリタリー・飛行機・艦船・恐竜・ラジオコントロールカー
★★星のマークでおなじみの【TAMIYA】
キャラクター&ホビー「あみあみ」 
国内最大級のフィギュア通販
楽天市場
ネットで買えば断然お得!お買い物なら楽天市場
るるぶで旅行
出張!レジャー!宿・ホテル予約は【るるぶトラベル】格安プランが豊富!
Recommend
New Entries
Recent Comment
Recent Trackback
Category
Archives
Profile
Links
mobile
qrcode
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

posted by: スポンサードリンク | - | | - | - |
信越紀行その1 「いざ、上越市へ」
遅ればせながら、先週の土日に旅してきました長野県と新潟県の思い出などかいてみたいと思います。大河ファンの私とGacktファンのかみさんによる「風林火山」紀行…いや、珍道中日記ですが、よろしくお付き合いくださいませ。

25日土曜の午前10時、特急「しなの」で名古屋駅を旅立った我々はウキウキでした。
第82回謙信公祭りや大河『風林火山』ゆかりの史跡をめぐる旅にでた嬉しさも当然ありましたが、なによりここしばらく岐阜・名古屋は連日の猛暑。信濃路に、長野県にいけば避暑ができると考えていたのです。

木曽福島や松本を経て、「しなの」は長野駅に1時まえ到着。さっそく駅前のホテルにチェックインして荷物を下ろすと、その足で駅にとってかえし、信越本線で上越市春日山をめざします。途中でスイッチバックしたり、冬はスキーなどでにぎわうだろうけど今はやや寂しい感じがした妙高高原駅を過ぎたりしながら午後3時に春日山駅に着きました。

駅は想像していたより小さなところでしたが、手前の高田駅から多くの人が乗り込み、ここで降りていきます。やはり「謙信公祭り」の見物客でしょう。あちこちで「今年は人出がすごいね!」「ガクトって本当に来るの?」などという会話が聞こえてきます。
帰りの混雑を予想して、念のため長野へのキップを買ったあと歩いて会場付近へ。
薄紫地に白で謙信のシルエットを染めた旗が沿道に並び、駅前で配られたGackt景虎のアップと武者行列の写真が表紙の謙信公祭りパンフレットを手に歩くと、中心部の大通りはもう凄い人だかり。お祭りの気分が盛り上がっています。

思ったより暑い日差しのなか、私たちは何処で見物すれば良いか考えながらウロウロしていましたが、行列の通るコースに書店を見つけ、暑さをさけて待つ気で入りました。そこでは今回の祭りにあわせ「風林火山」&Gackt本コーナーが(笑)。さらに再来年の大河ドラマ原作本、やはり上杉家の名臣・直江兼続が主人公の『天地人』も平積みになっていました。店員さんが「ただいま当コーナーの書籍やグッズを購入された方に上越タイムスの謙信公祭り特集号をお付けしております」と、繰り返す声。さっそくかみさんが未購入だったというGackt本を買って特集新聞もゲットしました。
これは後で入手してよかったと思えるものでした。

さて、午後4時もまわり、私たちも陣取った大通りの「春日山城入口」交差点に、城址方面から地元小学校のブラスバンドを先頭にした行列がやってきます。
そしていよいよ武者行列が。上杉軍団出陣とあって、新発田治長、柿崎景家など越後勢武将の旗指物を背負った鎧武者たちに沿道の観衆から拍手が、引率されて行進しながら遅れて走る子もいるちびっ子武者たちに笑いと声援がかけられました。
後列には、薙刀をかまえた凛々しい女武者のひとたちも。列中央に「松江」の旗があるので、上杉軍の豪傑・鬼小島弥太郎の夫人と伝えられる女性ではと思います。

さらに武者行列には、甲冑も旗も赤備えの軍勢が。思わず「武田軍だ」と声が出ました。
間違いはなく、馬場信春、高坂弾正、内藤昌豊などの武将名を旗指物にした朱色の武者が行進してきます。先頭には、今回の大河で旧領復帰を果たした真田幸隆の名も。(こちらにも女武者が何人もいて、中央に「八重」の旗がありました)
沿道の観衆からは、上杉軍とほぼ変わらぬ拍手や声援がとび、何だかうれしくなりました。もちろん武田武者に扮しているのも地元の方々でしょうし、観衆には地元民だけでなく私たちのような他県の観光客なども多いでしょうが、さすが「敵に塩を送った」逸話の地、いわば(再現合戦の)敵役にも惜しみないエールを送る人々の姿勢は、とても気持ちのよいものでした。

デジカメや携帯をかまえる周囲の群衆に負けじと、我々も手にかまえ直したとき、通りの向こうから突然歓声が聞こえ始めました。じっくり見て記録にも記憶にも残そうと話しあっていた大河とGacktのファン夫婦は、うなずいて待つばかり。
夫「さすがに感激するだろうけど、エキサイトして撮りのがしたりしないようにね」
妻「ファンだけど、わたしはいつも冷静だよ。そちらこそ確実に撮って」
などと言っていたら、もう近くまで歓声の渦が…。

そして、ついに目の前にテレビで見たあの長尾景虎が、颯爽と白馬に乗って登場!
この旅行記、明日に続きます。
posted by: ふるゆき | 歴史・旅行 | 20:06 | comments(2) | trackbacks(0) |
信濃から越後へ
やっと先ほど旅行から戻り、『風林火山』をBSで見ました。
いやはや強行軍でした。
でも、大河ファンの私とGacktファンのかみさんにしてみれば、残暑のなか越後路まで出かけたかいはあり、上越市での「上杉謙信公祭り」に特別出演したGackt景虎の姿をこの目で見ることができました。

そんなわけで、今週の『風林火山』の感想は明晩にでもアップしたいと思います。
ほんとうは幸隆サクセスストーリー「真田の本懐」の感想、はやくかきたいのですが、さすがに土曜が上越市、本日日曜が長野で川中島という旅程は疲れました。
たんにもうトシなだけですが(笑)。

この旅行記の顛末も、できれば今週中にブログ記事にしたいです。そのときはまた、どうぞヨロシク…。
posted by: ふるゆき | 歴史・旅行 | 23:19 | comments(0) | trackbacks(1) |
上越市謙信公祭り
フジテレビ「笑っていいとも」にGacktが出演するというメールがかみさんに友人から届き、録画したところたしかに出ていました。
しかも、我々がこの夏のイベント旅行(?)としようかなどと企てていた上越市の上杉謙信公祭りのポスターを自らひっさげて…!

そう、今月の25日(土)は、新潟県上越市の春日山で上杉謙信公祭りがあり、メインイベントの「上杉軍団出陣行列」に特別ゲストでGacktが来場するとの情報を得たかみさんに促され、ただいま旅行準備中なのでありました。
とはいえ、夏休みの行楽シーズン終盤戦の時期でもあり、ホテルの予約もひと苦労。
我々はこの際だから「風林火山」ゆかりの信州各地も探訪したいと、上越市ではなく長野市を中心にまわろうと考えているのですが、それはそれで混んでいます。

この時期はほんとうに、どこも混雑と渋滞がつきもので大変です。
でも、ネットでも予約できる状況を利用して、なるべく確実に宿や列車を確保したいもの。
暑さもはんぱではないシーズンだし、なんとか楽に移動して観光もグルメも楽しみたいですが、やっぱ旅行番組のようにうまくはいきませんね。
posted by: ふるゆき | 歴史・旅行 | 14:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
武田信玄の古戦場をゆく―なぜ武田軍団は北へ向かったのか?
サブタイトルに「なぜ武田軍団は北へ向かったのか」とあるように、信玄の軍団が信濃攻略以来ずっと日本海をめざして侵攻していった軌跡の解明と、その顛末を考察した著作です。

昨夜放映され当ブログでも感想をかいたドラマ『風林火山』第22回では、ラスト近くで晴信と義元らが駿河湾を眺めながら、「武田は海を欲している」ことを語り、「この今川家の海ではあるまいな」と、意味深な高笑いをかわしていました。
義元にすれば晴信を牽制した面もあったでしょうが、結果をいえば桶狭間で今川義元が討たれたのち駿河は武田に征服されます。

甲斐という山国にあって海を持たぬ武田家は、豊富な海産資源と内国交易の利潤を持つ今川・北条両氏に羨望もあったでしょう。
もともと地味がやせていて肥沃な土地を求めて征服事業を起こした武田家ですが、この本の著者は「網野善彦氏の講演で、武田氏は親族である南部氏や若狭武田氏の日本海交易ルートへの参画をめざし、越後の併呑をのぞんだことを気づかされた」といったことを記しています。

しかし、越後には信玄最大のライバルにして戦国屈指の名将である上杉謙信がいたことが、まったく不運としかいえない状況を作っていくのは、多くのかたがご存知のとおり。
結局この目標を達成できぬまま川中島で激闘をくりかえすうち、後輩の織田信長が先に上洛をはたし、晩年に駿河はえたものの、西上の途中で生涯をおえることになる武田信玄は、悲運の名将ともいわれます。

ただ、たしかに地理的な不利はあったものの、武田家の体質として、構成上多くの農民兵に依存せざるをえず、周辺の勢力と角逐をくりかえす事態になっていったのは悲運ばかりではないようにも思います。

そんな考察もしながら、著者が信州の古戦場や山城の遺跡をめぐる旅に、ページをめくってつきあうのも今回の大河ドラマとあわせた楽しみというところですね。
posted by: ふるゆき | 歴史・旅行 | 20:13 | comments(0) | trackbacks(1) |
「風林火山」の人物たち(その2)
それにしても今回(第13回「招かれざる男」)の勘助、武田家の幼い次男が病で失明したときに隻眼で現れたこともあって、晴信の正室である三条夫人から忌み嫌われてましたが、本当に勘助にかなわぬ思いなのは、くされ縁(?)でとりつかれた板垣信形のほうではという気も(笑)。

「板垣!」とお屋形・晴信になにかと頼みにされる千葉真一演じる駿河守ですが、余談ながら彼の遺児が、遥か後年の関が原合戦のおり(すでに武田家は信玄の没後に織田・徳川軍の攻撃で滅亡)、浪人ながら若武者として参陣します。
そのとき陣借りしたのが、昨年の大河ドラマの主人公・山内一豊の家老である乾氏。
そこで手柄を立てたのち乾姓を名乗って山内家に召抱えられ土佐へ行き、代々仕えます……。が、幕末におけるその子孫が乾退助。

彼は戊辰戦争で官軍の東山道方面軍の土佐藩兵指揮官となり、甲州路に入るにあたってその先祖の姓に復し、ここに板垣退助が誕生します。
さらに余談ですが、この退助の部隊が流山に駐屯する旧幕府軍と対峙し、その将のひとりであった2004年の大河ドラマの主人公、近藤勇を処断することに。

こう書くと何だか強引に話を作ったような印象になりますが、これらは史実なのですから、「事実は小説よりも」ナントカですね。
posted by: ふるゆき | 歴史・旅行 | 00:11 | comments(0) | trackbacks(2) |
「風林火山」の人物たち(その1)
今夜の「風林火山」も面白く見終えました。
まさか勘助、口舌で決闘を船上にしたあげく、「兵は奇道なり」の巻紙まで用意してきたとは……。あの執拗なプレゼンティーション、譜代の重臣が怒るのもむべなるかな(笑)
関東管領の上杉氏が信州の佐久に侵攻し、いよいよ動乱も複雑化しそうで、また来週が楽しみです。

ところで勘助は、駿河での不遇時代に庵原父子に世話になっていたけど、甲斐に来るとき挨拶しただけなのかな…。あの親子は今後、武田と今川が合戦に及ぶとき勘助と敵味方に分かれたりしないのかと気になります。
ただ、有名な桶狭間合戦で今川義元が倒れた後に武田信玄が駿河を征服するのは、勘助が最期を迎える(原作どおりなら)第4回川中島合戦のあとだから、そこでの悲劇はないはずだと思いますが。

先日、2000年の大河ドラマ「葵 徳川三代」の大阪の陣シーンを再見したら、
豊臣方の勇将・木村重成を討ち取った徳川方の井伊直孝(「功名が辻」に出た直政の子)の家臣で庵原助衛門というのが登場したので、これは庵原父子の一族ではないかと思われます。
今川領の遠州も結局は徳川氏の領地となるし、そこの名族だった井伊氏は家康の重臣となるから、あり得ることでしょうね。(現在調べてます)

いろいろな人物関連の情報を得るのも、こういう歴史ドラマの楽しみですね。
posted by: ふるゆき | 歴史・旅行 | 22:32 | comments(0) | trackbacks(0) |