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彦根・長浜紀行 (その2)
JUGEMテーマ:旅行

「戦国丸」のある花しょうぶ通りは、この3月に「戦国商店街」宣言というのを行なったそうで、あちこちに真田家の六文銭や島津家、宇喜多家などの旗印が立ち、なにやら歴史ドラマのテーマみたいな音楽も聞こえてきます。

気分ものってきたところで「戦国丸」店内にはいると、驚いたことにグッズだけじゃなく、本物(?)のさこにゃん、そしてその主君である「みつにゃん」が動いていました!
もちろん、着ぐるみなのですが、それぞれ島左近と石田三成という戦国史上の人物がモチーフになっているだけあって、刀を持っていたり、兜をかぶっています。

お店のモニターには、加藤剛と三船敏郎が三成と左近を演じた往年の大型歴史劇『関ヶ原』が映っていて、ちょうどラストシーンが終わり、テーマとともに出演者の名が並ぶエンディングでした。
これを「みつにゃん」「さこにゃん」が、さながら三成・左近主従のごとく感慨深げに並んで見つめていたりして、その後ろ姿には何とも可笑しみと哀愁が漂います。

すでに来店していた10人あまりの女性戦国ファン(?)たちは、さかんに二人の姿をデジカメなどに撮っていたのですが、このポーズや主従で見つめあう(?)姿に大喜びでシャッターをきっていました。
店の商品には、関ヶ原関連はもちろん、信玄や謙信はじめ戦国武将の旗や紋所をデザインした各種グッズが並べられ、かみさんは「みつにゃん」「さこにゃん」のハンカチやメモ帳を購入することに。すると、「みつにゃん」がレジに立ち、「あ、殿がレジサービス(笑)を!」と、またまた女性たちに大受けでした。

そんな面白くて貴重な体験をした「戦国丸」を後にして、さらに駅近くの土産物店でも、ひこにゃんクッキーや彦根屏風を缶にあしらった新茶など買い求め、彦根から長浜へとJRで移動しました。
長浜での散策や書き残したことは、また後日にでも…。
posted by: ふるゆき | 歴史・旅行 | 20:13 | - | - |
彦根・長浜紀行 その1
JUGEMテーマ:旅行

一昨日、彦根と長浜に行ってきました。
昨年の信越紀行、つまり2007年大河ドラマ『風林火山』ゆかりの長野・川中島や謙信公祭りが開催された上越市を探訪したのが楽しかったので、こんどは近江路で戦国の歴史にふれるミニツアーを…と、思い立ったのです。

前回同様、かみさんと二人で岐阜からJRを乗り継いでの「ぶらり旅」をきどったのですが、思いもかけないイベント(?)が待っていました。
私はやはり2006年大河ドラマ『功名が辻』ゆかりの史跡などを訪ねる目的もあったのですが、かみさんは最近めっきり人気が定着のゆるキャラ「ひこにゃん」に会う(笑)という楽しみを抱いていたのでした。

列車の車窓から通過駅を見ているうちに、もう関ヶ原を通過。天下分け目の合戦が行なわれたこの地には、東海道線の車窓から見ても陣地跡などの碑がみえ、参戦武将の名と旗印をかいた看板が立っています。この看板を、3人の若い女性がデジカメや携帯をかまえて、何度もシャッターをきっていました。
最近では「戦国○○」などの有名ゲームにより、武将ファン(?)となった女性が当地やゆかりある城跡などを訪れるという話は聞いていましたが、実際ほかにも若い男女が駅から降りて古戦場に向かっていきました。


米原で乗り換え、すぐに彦根についたのですが、なんだか5月上旬とは思えない暑さ。
遺構そのままで名高い彦根城に向かって歩いたものの、ペットボトルの水を求めずにはいられません。
車で来た観光客も多く、連休とあってなかなかの賑わいでした。
城は天守が何度みても往時そのままの威容で、しかも本丸、二の丸や周囲の櫓も保存されているので、見ごたえ充分です。

徳川幕府の重鎮にして譜代筆頭の彦根藩主、井伊家の赤備え甲冑や武具も見学でき、コースでまわれる博物館や大名庭園の玄宮園など、やっぱり実地にみるとテレビ画面とは味わいが違いますね。
さらに城下町として栄えた中心街には、「夢京橋キャッスルロード」をはじめ、いろんな買い物やグルメが堪能できる場所も。
ひととおり城内の見学を終えた私たちは、暑さしのぎのソフトクリームなど食べながら、こちらも歩いてまわることにしました。

さすがに井伊直政いらい彦根藩35万石の城下町。伝統ある和菓子やお茶、その道具に骨董店などがよく見られ、歴史と文化の奥深さを感じます。
しかし、その彦根を盛り上げる最新のアイテムキャラ「ひこにゃん」が、それはもう城下各所にイラストや人形、各種グッズとなってあふれ、想像以上の人気です。
たしかに赤備えの兜をかぶった白猫の可愛い「ゆるキャラ」なので、手にとって見る観光客なども多く、そのノンビリしたポーズは、見ているうちに笑ってしまいます。

ところが、この「ひこにゃん」を狙うライバル(?)ともいうべき「さこにゃん」なる野良猫キャラが最近この彦根に登場したという情報を得た我々は、そのグッズが購入できるという「戦国丸」という名のお店に向かったのでした。
(この記事、明日につづきます)
posted by: ふるゆき | 歴史・旅行 | 21:36 | - | - |
徳川四天王 上 (1) (角川文庫 な 10-31)
JUGEMテーマ:読書

昨夜の「その時歴史が動いた」では、男女50人の新入社員をスタジオに招いて、「徳川四天王に学ぶ・組織の中で生きるには」といった特別企画を放送していました。

乱世の覇者となった徳川家康につかえた酒井忠次・本多忠勝・井伊直政・榊原康政という4人の武将の生きかたを通じて、組織における行動を学ぶ…という趣旨でしたが、残念ながらいかにも時間がたりず、かなりはしょった映像や議論だったと感じます。

とりわけ本多忠勝は、多くのなだたる合戦に参陣して一度の不覚もなしという名将だけに、あのようなピックアップした戦譜ではその凄さもわかりにくかったのではないでしょうか。他の3名にしても、功績の過程にはいろんな物語があるだけに、やはり通史で人物の魅力に触れたいものです。

この小説は、若き家康の台頭から従った四天王の面々を合戦も政略もふくめてくわしく描き、それぞれの活躍に迫っています。
フィクションではあっても、正確な史実にもとづいた記述であり、とくに本多・井伊・榊原の3名が最後の激闘にのぞむ関ヶ原は、その合戦だけでない軍監や参謀としての活躍を俯瞰する意味で、読み進むごとにそれこそ組織のなかの人材としての活躍が味わえます。


posted by: ふるゆき | 歴史・旅行 | 19:05 | - | - |
スーツ=軍服!?―スーツ・ファッションはミリタリー・ファッションの末裔だった!!
JUGEMテーマ:読書

これは本当に驚きの新刊です。
これまでもファッションの由来や歴史を語る本なら幾らもあったし、ミリタリーファン向けには各国の軍服をそのデティールまで解説する雑誌なども、実に数多く見ました。
しかし、これほど徹底してヨーロッパ古代以来の歴史的変遷から近・現代の「装う魅力」について語りつくす一冊は、まさに瞠目すべきでしょう。

なにしろ、ギリシャ・ローマの貴人や兵士から始まって、中世にルネサンス、傭兵から国民国家の軍隊に変革させる革命とナポレオンの時代、そして二つの世界大戦から現代まで、単なる解説にとどまらず、その由来からくる本当のお洒落の意味をも教えられる稀有な記述が、もう誌面いっぱい。記事横に表紙の画像が出てないのがなんとも残念です。
ダークブルーのバックに、かたやスーツにブレザー、かたや迷彩ユニフォームからレザージャケットまでいろんなスタイルで決めた男性たちのイラストが嬉しいのですが。

これは著者が、東西の歴史もミリタリー面も、そしてメンズファッションの過去・現在・新たな潮流すべてに通暁しているからこそ書くことが可能になった成果と言わざるをえません。
ただし、歴史とか軍事とかいっても、よく想像される堅苦しいあるいはマニアックな考察ばかりに終始するような内容では決してなく、たとえば背が小さなナポレオンの威厳、ウェリントン・ブーツの意味から、WW兇量松ロンメルにパットン、モントゴメリーのある意味軍人らしからぬパフォーマンス・ルックに、紳士服の総本山イギリスのチャーチル首相が残したニヤリとする逸話まで、縦横に語られる面白ばなしの宝箱でもあること受けあい。

つい洋装の本場であるヨーロッパのことばかり書きましたが、著者の視野には日本史上で語るべき、比較にふさわしい狩衣や直衣、あるいは仕立て用語で使われる「切羽」の意味などまで、ぬかりなく達人の目配りのような言及もなされ、それがまた読む側の興味や関心の幅を広げるというなんともウレシイ心配りも。
ファッションというなら、その服装をきわだたせるアイテムも見のがせないもの。その点でも本書は、スーツならバッグにウオッチ、軍服なら勲章に肩章、制帽にいたるまで、多種多様なその世界を網羅して載せてあります。

時の流れと各国または史上の有名人それぞれが残したシックな遺産を、華麗なマジックのごとき手並みで披露・紹介してくれるオトナの好著の魅力に、ぜひともより多くの方が触れてもらえるよう願ってやみません。
ちなみに、質量ともに膨大なカットとイラストは、なんと著者の奥様の手によるもの。まさに名コンビの傑作・労作。オススメとはこのことです。
posted by: ふるゆき | 歴史・旅行 | 22:37 | comments(2) | trackbacks(2) |
「大ナポレオン展」
JUGEMテーマ:日記・一般

いま岐阜市の県美術館で開催されている『大ナポレオン展』に、一昨日いってきました。

絵画中心の展示で、ナポレオンの時代を表現すうるものだけに、やはり宮廷画家だったダヴィッドの作品が多く飾られています。

有名な「サン・ベルナール峠を越えるナポレオン」は、何種類かあり、アルプス越えの馬上ポーズを決めるナポレオンの見下ろす地面には、同じアルプスを越えて偉業を果たした英雄の先達たるカエサルやハンニバルの名が刻んであって、なんだか笑えました。

若き野心家だったころの「青年ボナパルト」と、セント・ヘレナ島に流されたナポレオンとは、同じ人物とは見えません。
もちろん年齢のせいもありますが、もの凄い勢いでヨーロッパを席巻し、世界史に巨大な
足跡を残した人間の生きた年月が、顔にも四肢にも刻まれているのでしょうか。

宝飾品や時代をうつす道具類の展示品もありますが、当時の軍服やマスケット銃などが、レプリカでいいからもっと見られると一層よかった気もします。
posted by: ふるゆき | 歴史・旅行 | 22:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
信越紀行 追記編
上越市と長野市への旅行から、もう1週間。早いものです。
本日は少しですが、3回にわけてかいた「信越紀行」で書き残したことなど…。

昨夜の東海北陸では、小さな地震がありました。そういえば本日は「防災の日」。
地震に見舞われた上越の方々も大変だったでしょうが、旅行者の目では力強く復興したいるようにみえました。もちろん少しの地域しか訪れていないし、復旧工事がいまだ進められている所もあるでしょう。
でも地元の皆さんには、「第82回謙信公祭り」で見られた元気で、これからもがんばってほしいです。

長野駅から川中島古戦場へと走るバスが千曲川を渡ったときは、思わず頼山陽の「鞭声粛々夜河を渡る」の一節を思い出しました。思ったより大きな流れでしたが、この地形は合戦当時と全く変わらないのでしょうか。
美濃の長良川は、戦国末期の大洪水で今の流れになったといわれていますが。

記念館の語り部さんに、「ここは今でも合戦があった秋なかばには、ドラマで見るような霧がでますか?」と質問したところ、あれほどドラマチックではないけど秋の濃霧はあるとのことでした。
関係ないけど、この方に教えていただいた善光寺付近の美味しいお蕎麦屋さんに行けなかったのは残念。いつかリベンジしたいです。

体験コーナーに展示してあった、ドラマロケで使用された小道具に信玄の軍配もありました。面白いことに梵字でかかれているのは「ベイ」という字で、毘沙門天を表わすそうです。謙信だけが毘沙門天信仰があったわけではないから、不思議とするほどではないのでしょうか。

『風林火山』の川中島合戦ロケは、実際に千曲川近辺で行なわれているとのこと。
今後のクライマックスが、実に楽しみです。
posted by: ふるゆき | 歴史・旅行 | 18:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
信越紀行その3 「川中島に霧はなし」
上越市から長野駅前のホテルに戻り、疲れて早めに寝入ってしまった私たちでしたが、翌朝起きてみると、前日以上によく晴れていました。
これはあまり避暑にならないのでは…と危惧しながら朝食とチェックアウトをすませ、本日の予定にしていた川中島古戦場に向かうべく、駅のバスターミナルに。
着いてそうそう、ターミナルのバス名を見て一驚。

夫「…これ、『川中島バス』っていうんだ。ずばり直球勝負のネーミングだね」
妻「何だか乗ったら合戦のロケとかに連れていかれそう」

などと、お馬鹿な会話をしながら乗り込みました。
念のためながら、この路線バスは善光寺や松代などいろんな方面へ運行されていて、べつに川中島のみに向かうわけではありません。

そして40分あまりで、「古戦場入り口」に到着。
ここは当時、八幡原と呼ばれた武田軍が本陣をかまえたあたりです。見回してみると、けっこう広い。バスの車窓から見てきた風景と合わせて考えても、自分の地元に近い関ヶ原のほうが、東西20万ちかい軍勢が合戦したとは信じられない情景に感じます。

土産物店などを見ながら、私立博物館に入り「川中島の戦い2007」という特別展を見学。いくつかのエリアにわかれたここは、地形や時間を追い、参加した甲越両軍の武将たちの軌跡にのっとりシミュレーションしてあって、なかなか多角的に楽しめました。

面白かったのは、大河ドラマの展示もあって、信玄と謙信について市川亀次郎とGacktがおのおの両武将のカリスマ性や人物像を語るビデオ。
また、撮影に使われた衣装や小道具、とりわけ鉄砲や槍はさわってみるのも貴重な経験でした。

こうした体験と、ボランティアの語り部の方に聞いた興味深い歴史伝承などを楽しんだ後、ふたたびバスに乗り、今度は善光寺へ。
さすがに大きな古刹。ここの門前町を歩くと、江戸期の旅人になったような気分です。
改装中の本堂で御参りをすませ、いろんな土産物を見たりするうち、お腹がへって近くの古風なレストランへ。

大正モダンな雰囲気のその店は、蕎麦も地元野菜のサラダも鴨肉も味わえる、けっこうなところでした。
その後歩いたあとも、やはりレトロな喫茶店でアイスコーヒーを楽しんだりできて、まずは満足。

列車時刻もせまり、お土産のほかに地元の蓼科ビールやアルペンチーズ、そして極め付けに「川中島の力水」というミネラルウォーターを買い込んで特急「しなの」に乗り込み、思い出の地を後にしたのでした。
posted by: ふるゆき | 歴史・旅行 | 20:59 | comments(0) | trackbacks(1) |
信越紀行その2 「Gackt謙信、見参!」
白馬に跨って登場したGackt謙信は、紫裾濃の鎧に紫紺の布を袈裟懸けにした、あの景虎として大河に初登場したときの姿でした。
馬上ゆっくりと右手を上げながら輪乗りしつつ、周囲にスピーカーから流れる口上とともにポーズを決めます。(まさか鎧にマイクをつけることは出来ないので、あらかじめ幾つかの口上を自身で録音してあったようです)

「地震の災いに見舞われし上越の地に、上杉謙信まかりこした。皆の者、勇気をだして立ち上がるのじゃ!」「これより他国を侵す武田晴信を討伐にまいる。いざ、出陣じゃ!」

必ずしも正確ではないかもしれませんが、このような口上とともにGackt謙信が合図の手を振ると、周囲の武者はもちろん、盛り上がった観衆から「おぉーっ!!」と唱和の歓声があがりました。もちろん「ガクトー!」と叫ぶ女性ファンも多かったのですが、ふと気づくと、そばから「景虎さまーっ!」と熱狂の叫び。まぎれもなく、かみさんの声であります(笑)。

夫「冷静なはずじゃなかったっけ?」
妻「いや、叫ばずにはいられないよ。ま、他人のフリしていいから(笑)」

そんな会話のあとデジカメの画像をチェックしたら、これが逆光とカメラの不調(?)とでさっぱり。あわてて携帯をかまえたものの、しょせんこちらも逆光と動く被写体では大したショットも撮れません。
そうしているうちにこの交差点でのパフォーマンスは終わり、謙信と武者たちは次なるパフォーマンス地点に移動を始めました。…こうなったら映像記録より自分の眼で記憶にとどめ、何らかのものを残そうと考えた私は、謙信に続く上杉軍、さらに後列の武田軍の将兵や旗指物などをじっくり観察することに。

Gackt謙信は、3箇所の地点でパフォーマンスを行ない、その後は午後6時30分から春日山史跡広場で開催される川中島合戦の再現でも姿をみせると、パンフの情報にあります。かみさんは何とかもう一度あの勇姿を見たい、声を聞きたいと別の地点に移動するというので、自分はすこし春日山方面に歩いてみることにしました。
大通りから坂道をゆっくり散策して、春日山神社付近から城跡を遠望したり、若き景虎が
修行したという林泉寺を見たりしながら、夜の会場である広場に向かいます。

そうこうするうちに日も暮れて、大回りしてたどり着いた春日山史跡広場は、もうかなりの観衆で埋まっていました。
とはいえ、後方の場所にはまだ空きもあるので、前方にいるかみさんと携帯メールで連絡をとりながら、テープで仕切られた通路のそばで開幕を待ちます。このときは山形(江戸期の上杉家の領地)から来援の米沢藩鉄砲隊の方たちが、火縄銃の実演を行なっていました。その轟音は、まさに腹に響くといった感じで、数丁でこれだから何十、何百丁が発射される合戦の場では、さぞ凄まじいはず。「天地も裂ける」とか小説にある表現も、あながち大げさとは言えないなぁ、などと実感。
それにしても、暑い中での甲冑武者の皆さんは大変だったでしょう。また、警備や交通スタッフなどの方も、例年にない規模になったイベントの運営も。多くの方のボランティア精神や努力でのこのお祭りの成功だと感じます。皆さん、お疲れさまでした。

さて、関係者スピーチなどのあと、武者たちが続々入場。時間よりやや遅れて再現合戦のはじまりです。ついにGackt謙信がふたたび登場!
なんと今度のいでたちは、青の鎧直垂に銀の南蛮甲冑という、大河ドラマの川中島合戦で着用すると上越タイムスにかかれていた姿です。
いわばテレビよりひと足早く、この会場の観衆は謙信(合戦のときは政虎でしょうが)の勇姿を見れたわけで、大河ファンとしてはうれしさひとしお。ただし、後方なので小さく見えたのは仕方ないことですが。

今回も前記のような口上を聞かせながら、甲冑姿で白馬を走らせるパフォーマンス。ほんとうにサービス満点です。この話を最初に知ったときは、正直どの程度Gacktは参加するんだろうと思いました。ファンのかみさんは、「いったん受けた以上は、いい加減なスピーチだけとかで済ますアーティストじゃないよ」と申しておりました。そういうファンから少しは人となりなど聞かされているので(笑)、疑ってはいませんでしたが、まさかこれほど謙信になりきって上越市の祭りに貢献するとは驚きでした。

彼が『風林火山』に謙信役で出演するのを承諾したときも、「出る以上は、自分にしか出来ない謙信像をつくりあげる」といったことを本やテレビでのインタビューで言っていたのは知っていました。また、義の武将といわれる謙信の生き方に共感し、そういう古き日本にあった美徳をファンにも見てもらいたいと話していたことも。
もし今回の出演が先にかいたスピーチだけとか、短時間の馬上行進をするだけとかだったら、謙信の姿勢とはちがう(?)といった声も聞かれたかもしれません。
しかし、長野への列車時刻が迫り、なごり惜しい気持ちで駅方面に歩き出した私たちに周囲から聞こえてきた多くの人たちの会話は、おおむね以下のようでした。
「すごいね。ガクト、あんなに演じてくれるとは思わなかった」
「かっこ良かった。でも、見た目もいいけど気持ちも真剣な人なんだ」

Gackt謙信は、間違いなく上杉謙信が治めた春日山の地に住む人々の心をとらえたようです。その勇姿、ちゃんとした映像が撮れていたらこのブログに発表するのですが、上記のようなお粗末で何とも残念…。
でも、ネットで調べるとすでに多くの方が画像や動画をアップしてみえるようなので、いまさら小さくて写りの悪い携帯ショットを出すより、このお祭りの印象を下手ながら自分なりにイラスト化してみたいと思います。

余談ですが、私は前回の大河ドラマ『功名が辻』も見ていて、昨年秋ごろ山内家ゆかりの長浜城や掛川城を探訪し、自分のHP上につたない絵ですがアップしました。
MGライフ」と申します。最近このブログばっかりで更新もしない塩漬け・氷づけサイトですが、よければ一度ご覧くださればさいわいです。
さて、上越市から長野に戻り、翌日たずねた川中島古戦場などの道中記は明日にでもかきたいと思います。本日は、これにて…。
posted by: ふるゆき | 歴史・旅行 | 20:58 | comments(0) | trackbacks(0) |