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『江〜姫たちの戦国〜』 最終回「希望」
 いよいよ最終回となりました。
タイトル前に、家康のあとを追うように本多正信も最期を迎えます。
見舞いにきた秀忠に残したその遺言ともいえる言葉は、「鬼になりなされ」というものでした。

その言葉を実行するのか、二代将軍として政務に邁進する秀忠は、竹千代を世継ぎと決断。
しかし、千姫のことは、まだまだ気がかりです。
江と常高院に会うため江戸に来た京極龍子あらため寿芳院は、二人から千姫の話をきくと、かつて
江にアドバイスしたときと同じく、「新たな輿入れを」と言ったりしますが。
江が秀忠にこれを伝えると、意外にも「考えてはいる」との答え。
相手に選んだのは、徳川四天王である本多忠勝の孫で、家康の長子で亡くなった信康の娘を母にもつ本多忠刻という青年大名でした。

このことを秀忠から言われても、まだかたくなに拒絶する千姫でしたが、江が自分は三度も輿入れしたし、亡き秀頼もそなたが幸せになるのを望んでいよう、と説いたのは心にひびいたようす。
こうして千姫の婚儀は決まり、江も秀忠もやや安心します。
元和三年には、秀忠の大名統制がさらに進行。
家康の側近として辣腕をふるった本多正純を改易し、親藩の越前松平忠直を乱行のかどで流罪にするなど、20あまりの大名家をとりつぶしました。

いささか厳しすぎでは、と批判的な江にとって、それとは別に青天の霹靂が。
お福が常高院に「秀忠様に隠し子が」という内緒話を、廊下で大声もまじえてしたため、江が聞いてしまいました。こういう話は周囲を確認して、小部屋とかでするものでしょうが・・・。
これに悲憤した江は、秀忠に詫びられても「許しませぬ」と言い切る始末。
しかし、江戸に来たついでに江に会いにきた佐治一成と話すうち、考えをあらためます。
まずは、その子に会ってみようと、江は保科幸松という少年を呼び出しました。

おさない身で、緊張して挨拶する幸松をみた江は、哀れに感じたよう。
秀忠がこれを聞いて急いで来たときは、二人で双六に興じていました。
その後、竹千代や国松と無邪気に遊ぶ幸松を見た秀忠は、江が自分の心の狭さを省みて、このようなことがないよう奥向きの家族がともに暮らせる場所を作りたいと語る願望を聞き、「それは、そなたに任せよう」と言いました。これが秀忠の大奥法度につながるとのこと。
また、幸松はのちに幕府をささえる大老の保科正之となり、竹千代こと三代将軍家光を助けます。
そして元和六年には元服の儀が行なわれ、竹千代が家光、国松が忠長という名になります。
さらに五女の和が、後水尾天皇の后となることが決まり、京に旅立っていきました。

その京では、高台院が床につき、寿芳院の見舞いを受けていました。
会話のなかで江のことなどを回想しながら、泰平の世になったゆえ、もう秀吉のもとにいけるだろうと語った高台院は目をとじようとします。
あわてて、「まだ逝かれてはなりませぬ!」と悲鳴をあげる寿芳院を、、目を開けて笑った高台院は、「そなたは変わらぬな」とひと言。おねと呼ばれた若き日から、このような明るく豊かな心を持ち続けた戦国の偉大な女性は、こののち寛永元年、静かに最期を迎えました。

江は、お福に大奥の取締役を命じ、家光が将軍の地位を継いだので大御所となった秀忠と、二人そろって月見の夜に過ぎし昔を語り合います。
そして、ある朝この夫婦は、そろって馬を走らせました。
平原の松に馬をつないだ秀忠は、さらに駆ける江に、「そなたは、わが希望だ」と言いました。
かつて江が生まれたとき、父の浅井長政が口にしたのと同じ言葉を。
ひとり馬を走らせる江は、さまざまな人々を追想します。
そのかたわらには、亡きお市の幻影が、わが娘の成長を見守りながら同じく早駆けする馬上で微笑んでいました・・・・・・。

上野樹里さんの演技は、最終回らしく落ち着いたものに見えました。
ストーリーは駆け足ですが、その演技には余裕を感じさせる部分もあり、向井理さんの秀忠も貫禄がでて、やはりキャストはみな良かったのだと思います。
願わくば、もっと早い段階から脚本・演出面で落ち着いたドラマを見たかったように思いました。

最終回にイラストを、と思ったのですが、アイデアも意欲も出なかったので(苦笑)、まだドラマが初期だったころ描いたカラーの再登場といたしました。
こんな時期もあった、という感慨もすこしはありますね。
     騎馬装束の江

最後になりましたが、毎回つたない感想レビューを読んでくださった皆さん、そしてTBやコメントを下さった皆さん、本当にありがとうございました。
posted by: ふるゆき | 江〜姫たちの戦国〜 | 22:51 | comments(6) | trackbacks(14) |
『江〜姫たちの戦国〜』 第45回「息子よ」
 元和二年、正月を祝う席で江は千姫に「年も改まったし、気持ちも改めてはどうじゃ?」と問います。
しかし、千姫の答えは「父上を許すことはありません」という、とりつくしまもないものでした。

竹千代が化粧をしていたことも、気がかりなまま。
江と秀忠がなぜかを聞いても、常高院が優しくうながしても、はっきりしません。
お福も相変わらずで、世継ぎ問題に林羅山の持論を持ち出したりしています。

そんなころ、駿府の家康が倒れたとの知らせが。
秀忠が見舞いにいきますが、その後なんの音沙汰もないので、江も駿府へ。
家康の症状は持ち直しており、とくいの調薬をしています。
公家衆から見舞いの者がきたり、伊達政宗は自身で見舞いにきたようですが、家康は会いません。

薬草をつむ手伝いなどしながら、江は秀忠に家康とじっくり話し合うよう提案。
やや症状が悪化したため、最後の機会と考えてのことでした。
この親子の、めずらしく本音で語る会話を、江は廊下で聞いています。
家康は、自分の若いころを回想し、父の死んだ時は織田氏の人質だった、その後も19歳まで今川氏の人質としてこの駿府ですごしたと語り、いくさが嫌で、それのない世を作る決意をしたとも。
秀忠は、自分が指示に従う人間だから世継ぎとしたのかと問うと、家康は「逆じゃ」と否定。
秀忠の気持ちを見定めて二代将軍としたが、辛かったろう、と言いました。

こんな会話のあと、秀忠が江と薬研で調薬している姿をみながら「良い夫婦になったものじゃ」と感慨深げな家康は、突然に胸をおさえて倒れつつ「秀忠、江・・・・・・。徳川を、日の本の国をたのむぞ」とつぶやきながら最期を迎えました。
史実は、大勢の家臣や女官に看取られての臨終だったようですが、ともかく巨星落つ、です。
江と秀忠は江戸に帰り、いまいちど竹千代と向き合うことに。

竹千代の化粧の理由は、お福が明かしましたが、母を思慕するあまり江の口紅を使ったようです。
そのことがわかって、江は竹千代を抱きしめて泣きました。
(でも、1年前からわかっていたみたいで、早く言えばこんな騒動にならなかったはず?)
秀忠も、「わが徳川が要となって、いくさのない世を作るのはどうじゃ」と竹千代に聞きただしたとき、「良いことと存じます。母上も喜ばれることでは」と、めずらしく素直に応じた顔をみて肯きました。

今回は、それこそ大御所である北大路さんの演技が、やはり重厚でした。
向井さんも、とうとう本音で対話できた秀忠の気持ちをよく感じさせた芝居だったと思います。
江も大人になったせいか、唐突なじゃまはしないで、まずは見守るという姿勢でよかったですね。
posted by: ふるゆき | 江〜姫たちの戦国〜 | 22:26 | comments(6) | trackbacks(13) |
『江〜姫たちの戦国〜』 第44回「江戸城騒乱」
 大坂の陣が豊臣家の滅亡でおわったあと、残党狩りが始まります。
大坂方の牢人たちが落ち武者として捜索され、秀頼の男子も捕まって処刑されました。

これらの報は江戸にもつたわり、江は深い悲しみにくれます。
その一方、お福は竹千代の名で家臣たちに祝い酒や料理をふるまい、宴会騒ぎに。
そこへ来た江は、竹千代につめより「なくなったのは、そなたの伯母上や従兄弟ぞ!」と叱責します。
お福は「武家の習いです」と反発したため、江の平手打ちをくらいましたが、秀忠が最後の攻撃命令を下した事実を告げて、江に大ショックをみまいました。

同じく悲しみに沈んだままの千姫が常高院にともなわれて江戸に帰ったときは、母子ともに号泣。
常高院は、淀からあずかった最後の手紙をわたします。
そこには、「責めは、いくさを引き寄せた私にある。家康様や秀忠様をうらんではならぬぞ。さらばじゃ。江よ、息災でな」と、かつての茶々とかわらぬ姉妹の愛情がつづられていました。

しかし、千姫は大坂城への最終攻撃命令を秀忠が下したと知ったことで、「父上は鬼です。私は父上を許しませぬ!」と、悲憤しています。
その秀忠は、伏見で諸大名を集めて武家諸法度を発布し、さらに禁中並公家諸法度も草案を進めており、この新将軍らしい政治姿勢に家康は満足そうにうなずき、元号を替えると決めました。
それはながく続いた慶長から「元和」とするもので、泰平の世を開くという意味を込めたものでした。
そして秀忠も、8月には江戸に帰ります。

江戸城で、秀忠は江に迎えられ、大坂のことを話し、「わたしを憎んでよい。されど後悔はしておらぬ。されど、あのときをもって、おのれのなかの何かも死んだ」と、語りました。
さすがに江は、どう気持ちをもってよいかわからず、涙して秀忠を抱きしめるのみでした。
そんな新将軍夫妻に、重要な問題が。
それはもちろん、世継ぎのことです。

常高院は、江が竹千代より溌剌とした国松をひいきしている、と感じているようす。
しかし、江自身はそれを否定し、秀忠も進められて二人の息子に話し合いを。
が、そこでも明快に答えられない竹千代に対し、「好きな武将は」と戦国アンケートみたいな質問にも、国松は「武田信玄公です」と即座に回答。
「信玄公は、ただ一度おじいさまを破った相手。織田信長公でさえ、信玄公は恐れたと聞きます」と、いかにも利口に答えて兄に差をつけました。

それでも、お福は将軍夫妻が竹千代をうとんじていると危惧し、またまた駿府の家康に直訴。
しかし、今度は家康も「判断は秀忠にまかせてある」と、たび重なる訴えを退けました。
不安になったお福は、江戸に帰るや林羅山に取り入り、酒をふるまったうえで跡継ぎは長幼の序が大切、という論理を聞きだして喜びます。

そんななか、江は常高院に言われて、いま少し竹千代と話してみようと決意。
さっそく竹千代の部屋をたずねてみると、そこには口紅を塗って鏡に見入る我が子が。
ショックを受けた江は、秀忠にも話せませんでした。

最終回が目前にせまったけど、あまり盛り上がる展開にはなりませんでした。
これで将軍家の世継ぎ問題や、信長・秀吉・家康と続いた天下泰平の道は、うまく終盤にまとめられるのでしょうか。
posted by: ふるゆき | 江〜姫たちの戦国〜 | 22:53 | comments(6) | trackbacks(11) |
『江〜姫たちの戦国〜』 第43回「淀、散る」

慶長20年の春、京では大火事があり、大坂牢人のしわざと噂されました。
その牢人は、さらに大坂城へ入るものがふえ、徳川は捨てておけぬと乗り出します。
かくして、大坂夏の陣は幕を開けました。

ふたたび秀忠は出陣することになり、江は自分もいくと言い出します。
しかし、「今は私にまかせよ」と、秀忠は押しとどめました。
上洛した秀忠は、駿府に弁明しながらも引き返すしかなかった常高院と相談。
江から淀への手紙をたくし、みずからは高台院に会います。
が、高台院はさびしげに首を振り、「この世を泰平にするための、いくさもあるのかも」と囁きました。
(後のシーンですが、炎にそまる大坂の空を見つめる高台院の姿も印象的でした)

4月26日、城をうってでた豊臣軍は、野戦で徳川軍と対決。
牢人武将の後藤又兵衛は伊達勢や水野勢と激闘して果て、ドラマでは出ませんが秀頼の乳兄弟である若武者の木村重成も、井伊勢と戦って討ち死にしました。どちらも秀頼はこたえたでしょう。
豊臣家は、もはや真田幸村にのぞみをかけるのみ。

決戦前夜の軍議で、最重要となる天王寺口を志願した秀忠は、家康から「そなたは予定どおり岡山口へ行け」と却下されました。
先に京でも和議をといた秀忠を、「いくさをなくすための合戦じゃ。そんなにいくさが嫌なら、いますぐここから去れ!」と叱責した家康は「豊臣を滅ぼすいくさ、最後の采配はわしが振る」と宣言。
かくして5月7日、最後の決戦がはじまります。

決死の豊臣軍が奮戦し、いまこそ秀頼公のご出馬を、と前線から要請が城内へ。
これには「よし!」と勇んだ秀頼ですが、またも淀は「ならぬ。大将は軽々しく動かぬもの」と。
さすがに秀頼は反発しますが、結局は出馬がならず。
すべてを悟った真田幸村は、「めざすは大御所の首ぞ!」と、最後の突撃にでます。
赤備えの激流は徳川の大軍を突破して、家康の本陣に突入。
この報を聞いた秀忠は、救援を決意します。
とめる本多正信に「親父の命令などくそくらえじゃ!」と言い捨て、騎馬で駆け出しました。

秀忠と旗本が家康本陣につくと、すでに藤堂勢や松平勢などの反撃で、真田軍は壊滅。
敵の生き残りがいるかも、と捜索する秀忠の目に、なんと満身創痍の幸村が。
「これはよい死に場所をもろうた」との言葉を最後に、幸村は息絶えました。
「こたびばかりは駄目かと思うたわ」と現われた家康は、幸村の遺骸に葵の旗をかけ、「大した男よ」と、その奮戦をたたえました。
(実際の幸村は、近くの神社でひとり疲れ果てた姿のまま越前兵に首をさずけたともいわれます。
が、このドラマの演出は、まぁこれもありでしょう)

ついに大坂方の敗北は目前にせまり、淀は常高院に千姫を連れて逃げよ、とたのみます。
この二人が本陣につくと、家康は秀忠に最後の決断をたくし、自分で決めよと指示。
秀忠は、天守閣に火をかけさせ、淀と秀頼たちのいる山里曲郭にも鉄砲射撃を落涙して命じました。
大野治長は撃たれながらも火をつけよと命じ、母の大蔵卿局も刃を手に。
淀は、お市のかたみである短刀を出し、浅井の家紋を見つめます。
そして「琵琶の湖がみえる」と微笑み、秀頼とともに自決しました。

ここに豊臣家は滅亡しました。
写経やお祈りをしていた江は、ロウソクの火が消えて呆然とします。
本当に宮沢りえさんの熱演は見ごたえがありましたね。
ドラマの最終段階がきたようです。





posted by: ふるゆき | 江〜姫たちの戦国〜 | 22:53 | comments(6) | trackbacks(14) |
『江〜姫たちの戦国〜』 第42回「大坂冬の陣」
 慶長14年11月、木津川砦に攻めかかった徳川軍により、豊臣方は籠城に追い込まれます。
しかし、大坂城唯一の弱点といわれた南部に真田幸村が築いた、その名も「真田丸」という砦は、攻め手の加賀前田家や越前松平家といった強豪大名の軍勢を相手に奮戦。
ひきつけて猛烈な射撃でたたく幸村の戦術に、寄せ手は大損害をだして撃退されました。

家康は苦りきって「たわけ共を退かせよ」と命令。
いっぽう、城内の淀たちは喜びにわいています。
幸村や牢人武将の後藤又兵衛からは、ぜひ今こそ秀頼公のご出馬を、との要請が。
しかし、これは淀によって却下されました。
そのかわり、淀はみずから朱具足に黄金の鉢巻といういでたちで諸将を激励にあらわれます。
同じ頃、江戸では江が姉たちの身を案じていました。

将軍ながら、父の大御所が下す指示にしたがうしかない秀忠は、意を決して本陣へ。
家康に城方との和議をうったえますが、家康は次の手をうっていました。
それは、まず城への地下道建設、毎夜の一斉射撃と、そして大筒の砲撃です。
この砲撃は、片桐且元に淀殿の居場所を教えさせ、そこへ集中射撃するもの。
その一弾が、とうとう天守閣へ命中し、侍女らに死傷者が出ました。

これには淀も驚き、駆けつけた秀頼は肩を打ちながらも皆を避難させます。
かくて、とうとう和議に応じることになり、その使者には常高院が行くことに。
相手は、家康の側室で阿茶局。女性同士の和平会談という珍しいケースになりました。
その条件は、惣堀(外掘)を埋める案などで、淀殿や秀頼、牢人衆にはおかまいなしとのこと。
江戸でこの知らせを聞いた江はホッとしますが、同時に秀吉の自慢話を思い出します。
それは「大坂城を攻めるなら、いったん和議を結んで堀を埋めてから再度せめるのが上策よ」と、家康や秀忠にむかって、在りし日の秀吉が得意げに語った記憶でした。

案の定、和議のあとで徳川方は惣掘を「総掘」と解釈して内掘も埋め、三の丸の櫓も破却します。
淀は肩を落とし、「見たか、これが徳川のやり方じゃ」と秀頼に言いました。
この事態を憂慮した秀忠は、大坂城内へ詫びに参上した本多正信の家臣にまじって入城。
淀と秀頼が城を出てくれるよう、懸命に説きます。
しかし、これも淀に謝絶され、秀頼からは手紙のお礼を言われたものの、「壊された城を見て、自分自身が傷つけられたと感じました。これからは、お互い敵同士です」と、きっぱり断言されました。
その後、江戸に帰還した秀忠は、江が驚くほど憔悴して見えました。


今日は見ごたえがありました。
しかし、もう次回は夏の陣でクライマックスのようです。
posted by: ふるゆき | 江〜姫たちの戦国〜 | 23:25 | comments(6) | trackbacks(14) |
『江〜姫たちの戦国〜』 第41回「姉妹激突!」
竹千代は相変わらず奇矯な行動がおおく、江は心配しています。
しかし、今回はそれどころじゃないサブタイトルですね(苦笑)。

豊臣家が近年おこなっている寺社の修復造営は、これ自体が家康の勧めた策でした。
つまり、多くの寺院などを再建・修繕させれば、いかに大坂城の豊かな金銀といえども、しだいに底をつき軍用金もなくなるだろうという狡猾なもの。

そして慶長19年、 史上名高い方広寺の鐘銘問題が勃発します。
それは「国家安康」「君臣豊楽」という鐘にきざまれた文字に不穏な部分ありとする通達でした。
開眼供養の直前になって、これを一方的に禁じるという徳川方の措置に、淀は怒り心頭。
しかし、秀頼が秀忠と江からの書状を見せ、和平に希望をつなぐと言います。

ともあれ、大蔵卿局が使者として、駿府へ立ちました。
意外にも、すぐに会ってくれた家康は機嫌もよく、弁明を聞き、心配ないと安堵させます。
が、これこそ次なる策略の発動でした。
同じ頃に駿府へきた片桐且元は、それと反対の厳しい条件をつきつけられて大坂に帰城します。
すなわち、「城を明け渡し、秀頼は他に移り、淀は江戸に人質とする・・・」などというもの。
これに驚きかつ怒った淀は、片桐を「寝返ったか」と責めます。
しかし、これは本多正純から「大御所のご意向」と聞かされたもの。つまり開戦への策略ですね。
結局、且元は大坂城を追われ、大野治長は合戦支度を開始しました。

いわゆる「関ヶ原浪人」といわれるもと西軍の大名一族やその家臣団が、それに続々と呼応します。
そのなかには、赤備えの武具と旗印の武将も。
これこそ、あの上田城で秀忠の大軍を翻弄した真田幸村でした。

常高院は、姉を和平にみちびこうと説得しますが、淀は「江とも敵味方じゃな」とポツリ。
江戸の江も秀忠も、和平を願っても家康の決定の前には無力でした。
秀忠は、竹千代と国松に「父は天下泰平のために出陣する」と、空しい言葉を・・・・・・。
そして軍団をひきい上洛した秀忠は、二条城に入りました。
そこで合流した大御所・家康は、諸大名を前に大義名分を説きます。
すなわち「これは牢人軍を解散させ、和議に持ち込むための出兵じゃ」と。

秀忠は苦い顔で聞いていますが、案の定、家康はさっそく攻撃計画を練り始めました。
いよいよ大坂冬の陣の開始です。
あまり江が政略に口をはさまないので、事態はすんなり流れたような回でした。
posted by: ふるゆき | 江〜姫たちの戦国〜 | 21:59 | comments(6) | trackbacks(13) |
『江〜姫たちの戦国〜』 第40回「親の心」
 慶長16年の夏、竹千代が疱瘡になっていたのを、お福が隠していたため、江は叱責しました。
その場にきた竹千代は、しかし江の呼ぶ声もむなしく、お福にくっついてしまいます。
大姥局は、これを見て複雑な表情に。

後日、庭で剣術のけいこをする国松を見た秀忠は、木刀をとってみずから立会います。
勢い込んで打ちかかる国松をはねのけながらも、その熱意に秀忠は満足そうでした。
これにくらべて、また通りかかった竹千代にも稽古をつける秀忠でしたが、すぐに転んで泣き出す竹千代には、「か弱いなぁ」との言葉しか出ません。

こんな日々が続くと、江戸城内では侍女や家臣らが「将軍様も御台所様も、国松さまをごひいきじゃ」「これは国松さまが、お世継ぎになられるのでは」と、さかんに噂します。
それを通りがかって耳にした大姥局は、この連中を一喝しますが、ますます眉間にしわがよります。
このころ、お福は若君のため伊勢参りにいきたい、と江に申請。
これを許して、ひさびさに竹千代と接する江ですが、お福を求めて泣く我が子に呆然とします。

そして、お幅は伊勢でなく駿府にいき、家康に面会していました。
しかも、将軍夫婦が国松のみ可愛がり、竹千代の地位が危ういと直訴します。
こののち江戸城にきた家康は、みなを集めて「跡継ぎは竹千代とする」と宣言しました。
江はすべてを決める家康に怒り、秀忠も不満げですが、ここで大姥局が周旋をはじめます。
まず、お福に乳母としての職分をわきまえるようさとし、親と子を結ぶがつとめと言います。
が、そのとき大姥は胸をおさえて倒れ、驚いた江と家康が見舞いにきました。

この機会をとらえ、大姥は家康に「若君とよく話し合われませ」と直言。
さらに駆けつけてきた秀忠にも、同じ要望を伝えました。
秀忠が生返事なので、大姥局は重病のふりをして「遺言と思し召せ」とまで迫ります。
これには秀忠も折れて、父と話し合うと約束しました。
(ここで大姥が演技だったのを見せたあと、秀忠が戻ったので芝居を続けるギャグもあり)
秀忠は、「幼い日に母を失ったわたしには、そなたこそ母以上のものであった」と礼を言います。
これには大姥局も感極まって、鬼の目に涙も?
大姥局は、このあと職を辞して、1年後に亡くなったそうです。

しかし、酒を酌み交わして話し合った家康と秀忠のあいだに、納得いく結論は出ずじまいに。
豊臣への対応をめぐる溝は、うまりそうもありません。
その豊臣家では、秀頼が千姫とともに、母の淀に願い出て、真の夫婦となる許しをえました。
これに喜んで口添えした常高院でしたが、淀は豊臣と徳川が戦えば、千姫が辛かろうと言います。
驚いて「いくさを考えておられるのですか」と訪ねる常高院に、淀は言い切りました。
「豊臣家は天下人。これを徳川が奪おうとするなら、戦うのじゃ」と。

今回「執念」をみせたのは家康より大姥局だったような気がします。
ベテランの加賀まりこさんが見せた演技、「江戸の鬼」として登場した大姥局が、鬼教官や鬼軍曹タイプではあっても、徳川家への忠誠心で三者三様にアドバイスする姿は、説得力がありました。
しかし、次回のサブタイトルは、なんと恐ろしいことに・・・・・・!?
posted by: ふるゆき | 江〜姫たちの戦国〜 | 22:42 | comments(6) | trackbacks(13) |
『江〜姫たちの戦国〜』 第39回「運命の対面」

江は将軍家の正室として、「御台所」と呼ばれることになりました。
これにともない、ヨシも民部卿局と称されることに。
そして江には二人目の男子、国松が誕生します。
これがのちの駿河大納言忠長ですね。
最強の乳母であるお福に育てられる竹千代とちがい、第二子は江が育てて、早くも対立の芽が。

徳川への対抗意識を隠さない大野治長は、こちらも豊臣家の跡継ぎを、と淀に進言します。
しかし、千姫はまだ10歳じゃ・・・と首を振る淀に、「秀頼様は17歳におわす」とひと言。
つまりは、側室をすすめたわけですが、意外にも淀はこれを受け入れます。
そして秀頼には、側室とのあいだに国松という同じ名の子が生まれました。
それでも徳川家は、江戸城を諸大名の費用持ちで大改築したり、家康が駿府城にうつって大御所となっての二元政治を開始したり、着々と幕府政権の確立を進めます。

そのころ、若狭小浜では、京極高次が突然たおれました。
初の看病もむなしく亡くなった高次は、最後に「豊臣と徳川のあいだを取り持ってほしい」と遺言。
母のお市からも姉妹の絆を守るよう言い残された初には、二重の義務となったのでした。
このあと初は、出家して常高院と名のります。
その尼姿で江戸城にきた姉と再会した江は、喜びながらも不安をうったえました。

常高院は、「これより大坂にいって姉上のもとにいよう」と約束して、江もやや安心しますが・・・・・・。
ひさしぶりに会った姉の淀は、国松を紹介し、徳川への不信を口にします。
が、数年前に秀忠の将軍就任祝いへ来なかった秀頼にたいし、徳川家から今度は新たな帝のご即位祝いに京都へ来るよう要請が。

例によって激しく拒絶する淀でしたが、こんどは秀頼自身が「いきましょう」と決断します。
驚いて、行ったら家康に殺される、と言う淀に、秀頼が「殺されはしませぬ」と冷静にさとしました。
かくして、二条城での両者会見が実現。
豊臣の忠臣として秀頼によりそう加藤清正は、刀を警護の連中にあずけたあと、針を出します。
そして秀頼に隠して渡し、「万一のときは、これを」とささやきますが、秀頼は柱に刺し、置いて行きました。

この針の一件は、すぐ本多正純が家康に報告します。
家康は、手にした針を脇息に刺そうとして落とし、わずかに手を傷つけました。
血が出て、しわもふえた自分の手をじっと見る家康。
そして会見の間で秀頼と相対した家康は、秀頼の思うところを聞きます。
それは、「豊臣と徳川が手をたずさえ、泰平の世をつくる」という理想でした。
若者らしい理想を、いかにも毅然とした態度でのべる秀頼に、家康の表情は複雑な影をくわえます。

物語がいっきに数年すすみました。
どうやら、大坂の陣に向けて天下の情勢は加速していくようです。

posted by: ふるゆき | 江〜姫たちの戦国〜 | 21:50 | comments(6) | trackbacks(9) |